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ともども、恭正と一緒にお店に挨拶に伺いました。開口一番、ご主人が、「子供を預かる以上、盆も正月も親の死に目にも会えないくらいの覚悟をして頂きたい」と言い渡されたのです。
徒弟制度のなかで、恭正は理容の技術だけではなく、接客法、礼儀作法、掃除、洗濯と身につけていきました。ときどき店に伺いますと、「素直に頑張ってやっているよ」と言われ、安心しておりましたが、恭正の手を見ると水仕事で真っ赤でした。心が痛みましたが、「頑張ってね」と心で詫びながら帰ってきました。
四年間勤めましたがある日、突然、恭正が夜中にお店を飛び出して上京してしまったのです、「今まで勉強させてもらった店に御恩返しもせずに」と腹を立てましたが、東京ではどうにもならず、未だにご主人にはお詫びをし続けています。
恭正の話では、「仕事が辛いと思ったことはないけれど、兄弟子との人間関係で」と言っておりました。真意のほどはわからずじまいになりました。
東京では十二年余り、何回かお店を変えながら理容の仕事を続けていました。二男が東京の大学におりましたので、いろいろと様子を聞くことができたし、私たちもお店が変わるたびに、店長さんにご挨拶に伺いました。どこのお店でも、「健聴者以上に頑張っているので心配はいりません」と言ってくださいました。
三十歳を過ぎても結婚する方とも巡り会わず、ろうあ者協会の理事とかで、車の免許を取って、お店の休みにはその方の仕事をしていたようです。将来のことを真剣に考えなければと、主人と話し合っていたころ、恭正が卒業した高等ろう学校から、理容助手の募集の話を伺いま

 

 

 

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